犬の僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)は、心臓の僧帽弁(左心房と左心室を隔てる弁)が完全に閉じなくなる病気です。
僧帽弁が完全に閉じないと、左心室から左心房に血液が逆流します。
その結果、心臓に過剰な負担がかかり、心不全などの症状を引き起こすことがあります。
この記事では、ACVIM(American College of Veterinary Internal Medicine:米国獣医内科学会)が公表した公式声明をもとに、犬の僧帽弁閉鎖不全症についてご説明します。
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監修者プロフィール:小原 健吾
所属学会:日本小動物歯科研究会、比較歯科学研究会 / 趣味:サーフィン、SUP
僧帽弁閉鎖不全症とは

犬の僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)は、心臓の僧帽弁(左心房と左心室を隔てる弁)が完全に閉じなくなる病気です。
僧帽弁が完全に閉じないと、左心室から左心房に血液が逆流します。
その結果、心臓に過剰な負担がかかり、心不全の症状を引き起こします。
一度発症すると、スピードは個体差がありますが進行することは止められず、生涯にわたって治療が必要になります。
● 病気の原因
僧帽弁閉鎖不全症の原因として、二つの要因があげられます。
遺伝的要因
小型犬などの特定の犬種では遺伝的に発症しやすいです。
例:キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、チワワ、ポメラニアンなど
加齢に伴う変化
特に中高齢の犬に多く見られます。
年齢とともに弁の組織が変性して分厚くなり、弁が完全に閉じなくなり血液が逆流し始めます。
感染症や炎症
心臓の内側の膜や弁に発生する細菌感染症(感染性心内膜炎)が原因となることがあります。
泌尿器、生殖器、呼吸器の感染症や歯周病、細菌性皮膚炎などの病気に併発することがあります。
ステージ分類と治療

僧帽弁閉鎖不全症の治療を行うには、正確なステージ分類を行う必要があります。
ACVIMの声明では上の図のような4つのステージに分類しています。
これらのステージは、心臓の異常の有無、症状の有無、治療の必要性に基づいて決定されます。
● ステージ分類と治療
・ステージA:心臓に異常はないが、心不全を発症するリスクの高い犬
特徴
まだ心臓の機能には問題がなく、症状も現れませんが、遺伝的に僧帽弁疾患のリスクが高い犬です。
逆に言うと、僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種(キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、チワワ、ポメラニアンなどの小型犬)は何も異常がなくてもステージAとなります。
治療
治療は不要ですが、定期的な診察が推奨されます。
一番簡単な検査は聴診で、年に2回は最低でも獣医師による診察を受けるとよいでしょう。
・ステージB:心臓に異常はないが、心不全の症状は出ていない犬
特徴
僧帽弁閉鎖不全症が進行してくると聴診や心臓超音波検査で異常が確認されます。
進行するにつれて、はじめは正常だった心臓の大きさが次第に拡大していきます。
このステージはB1とB2に分けられます。
ステージB1は心臓の大きさは正常ですが、拡大してくるとB2に分類されるようになり治療が必要になります。
治療
ステージB1ではステージA同様、治療の必要はありません。
ステージB2では、心不全の発症リスクを下げるために強心作用(心臓のポンプ機能をサポートする作用)のある薬剤を投与します。
・ステージC:心不全の症状が出はじめた犬
特徴:
心不全の症状(疲れやすくなった、運動量が減った、咳をする、呼吸困難など)が現れた段階です。
突然呼吸困難に陥り、肺水腫と呼ばれる、命にも関わる重篤な病態になって初めて心臓病に気が付くこともあります。
治療
ステージCでは、強心薬に加え利尿薬やACE阻害薬の追加を行います。
肺水腫に陥っているときは緊急的な治療や入院が必要になります。
治療を行っていてもほとんどの場合は肺水腫を繰り返し、そのたびに利尿薬を増やしてきます。
腎臓の機能が障害されるなどの利尿薬の副作用が出る場合もあり、細やかな調整を行う必要があります。
心臓の専門病院では手術を行っているところもあります。
・ステージD:一般的な心不全の治療では対処が困難な犬
特徴
心不全が重度に進行し、薬物治療を行っても症状が改善しない、または肺水腫が何度も再発する状態です。
通常、慢性的な咳・息切れ、食欲不振、体重減少などが見られます。
治療
強心薬や利尿薬を高容量で使用したり、降圧剤など様々な薬剤を使用しても症状を抑えることはできません。
飼い主様と相談のもと、状況に合わせて必要な治療を行っていきます。
診断に必要な検査

僧帽弁閉鎖不全症の診断・ステージ分類・治療には以下の検査が必要になります。
● 必要な検査
聴診
心臓の弁に逆流が生じると心臓の雑音が聞こえます。
当院では診察の度に心音を確認しますが、ステージAに当てはまる場合は半年に1回は聴診を受けましょう。
胸部X検査
心臓の拡大や肺に液体が溜まっているかを確認するために使用されます。
咳をしているとほとんどの場合に行う検査です。
心臓超音波検査
心臓の形態や血液の流れを詳細に確認するために最も重要な検査です。
ステージにもよりますが、落ち着いても3~6か月に1回のペースでの検査を推奨します。
僧帽弁閉鎖不全症以外にも様々な心臓病の診断に用いられます。
血液検査
心臓が負担を感じたときに分泌されるホルモンを測定します。
心臓病の検出に有効で、健康診断の一環として行うことで早期発見・早期治療につながります。
早期発見・早期治療のために
僧帽弁閉鎖不全症は、進行するスピードとペースが一定ではありません。
大切なのは、今のステージを見極めることと、そのステージに合った適切な治療を行うことです。
病気の早い段階から適切な検査・治療が行えていれば、健康寿命を延ばすことができます。
● 早期発見・早期治療のために
症状が軽い段階から適切な治療が行われていた場合、重篤な心不全を起こしたり心臓病が原因で亡くなってしまうまでの期間は3-4年と報告されています。
しかし重篤な心不全を起こして初めて心臓病が判明した場合は、平均的な余命は8-9か月とも報告されています。
したがって、健康寿命を延ばすには早期発見と早期治療がもっとも大切です。
若いうちから年に2回は定期的に診察を受けることを推奨します。
心臓の雑音を初めて指摘されたら早めにX線検査や超音波検査を行い、治療の必要性を見極めましょう。
疲れやすい、咳をするなどの症状が出てきたらできるだけ早く動物病院を受診しましょう。